詩集  空のように   (25才頃)

もくじ

目次

遠くへ
聞こえないように
似合わなくても
空のように
片すみ
すれちがい
連作 センチメンタル・ジィニー
水辺
地鎮祭




詩集 『空のように』


  遠くへ

さようなら
遠くからきたひとは
きた時のように行ってしまうだろう
一度は海のようにつながったことでも
その日がくれば風のようにちぎれてゆく
理由をたずねても空しいことがある
ことばでみせ合ったものは
きっと虹のように残らない
あなたはいつも黙していた
一度でも遠くをみたからには
いつかはそこへゆかなければならない
さようならだ
誰だって美しい夕焼けをみたら出発するだろう
そんな美しいもののために
誰もが倒れてきたのだとしても


  聞えないように

聞こえないように
さびしい唄を口ずさむ
どんなに浅い傷でもうけてしまえば
倒れるのは きまってわたしの方だ
みなくてもいいものをみてしまえば
その夜は眠れなくなる
たくさんだ
吹きぬけてゆくものが
いつも私をひくくうならせる
闇のように目をとじたら
またなんとかなるにはなるだろう
得ようとしないでもすむのなら
わたしでも夕暮れのようにたたずんでいたい
聞こえないように



  似合わなくても

秋がきたら
街は消えるだろう
公園で抱いたひともいまは眠っている
仕度をしたら
たとえ似合わなくても行くのだ
素直になれないことのために
ふるさとも笑っているだろう
わたしに教えてくれたひと
敵はいつもやさしい姿をしていると
面とむかえばしぶきとなって夢もちってしまうと
火のように心を決めたら
荒涼としてみえないものをみるのだ
消えるものは消えてしまえばいい
季節がかわる
約束はまだはたせない
秋がきたら きっと
街は切れておちているだろう


  空のように

とおりすがりのようにゆくのに
そんなやさしさがいるのだろうか
決めることのできないものを決めてしまうのに
きみは魚のように岩をくぐるのか
それは妙なことだ

風のような意味が
きっと約束みたいにつづいている
とどかない
どんなに美しく見積られても
ひるがえればそれはきっと獣のようにとぶだろう
信じてはいけない

たそがれてゆくもの 秋の夕募れに
なぜきみはあんなに赤い雲にみいるのか
記憶の外に立って
空のように空からきたもののように
すててしまえるのなら
賭けるには危険な季節だけれど
信じなくては

そして
はじめて君を見た日のように
終止なきものに
少しだけ手をふろうとして
紙きれのようにわたしはわたしを
そよがせる



  片すみ

遠くなる
とり消されるものの方へ
指摘されたのはわたしの萎えた舌か
きみには口がない
と指摘されたときだったか
その口からわたしはもう地方だ
たわいのないひけらかしから離れると
ひそかにつづいているみちに出る
表だったものをすてれば
遠く欠けてゆくものにも気づくだろう
片すみのような意志を見せれば
わたしにもゆけるところがある


  すれちがい

消えてゆく
その道を通らなければ決して
会うこともないひとのように
どんなに短いことばでも
届かなければ書くこともないし
聞くひとがないのならあんなふうに
うちあけることもなかっただろう
乳房につけた傷のように
そこにあれば決して忘れることのないものが
いつか思い出さなければならないものになる
だから雨にぬれる街を約束もないのに
またひとりで歩かなければならない
明るいほうヘ イルミネーション
すれちがいだ
風を切って走ってももう追つくことはない
季節はずれの花火をすませてしまうと
いつか何を語ったのかも忘れてしまうだろう
そんな夕暮れの公園に別れをつげると
まるでひとりでいた時のように
空が遠くにつづいている



センチメンタル・ジィニー




偉大なジィ二ーきみのきたこの街は
きみにはあまりふさわしくない所だ
きみがいいと思ってすることでも
この街ではきっとまちがったものになる
ジィニー、きみはそして言われることになるだろう
よう! センチメンタル・ジィニー



まだ朝もあけないうちからジィニー
きみは起きる
いつまでも眠りていてはいけない!と
それからジィニー、きみはきみの望むような世界のために
ひとつづきの手紙を書こうとする
たぶんどこにもとどかないのかも知れない手紙を
たとえどこにもとどかない手紙だとしても
ジィニー、それはきみの約束だったあの日からの
きみ自身への戒めだ
あの日からジィニー、きみは誰かをあてにすることを止め
交わることを嫌って
別れ道のように出発したのだから
  そしてジエニー、君は笑うかも知れないが
  ぼくはいつからかそんな事を
  男らしいことだと思ってきた
もちろん、正直なところを言えばジィニー
きみにはとまどいはにかみはじることを
核にしたような思想が似合っている
のだけれど、センチメンタル・ジィニー

 2

そうだよジィニー、もっと考えなければ
そんなに仕事をしたってちっとも現状は変らないのだし
うまく利用されるだけだよって
権利は権利なんだからジィニー
それを言わなければいつかは消されてしまうし、そして
そんなことが既製の事実になってしまうって
いまの楽な幕しももとはと言えば
戦いとられてきたものだって
よく知っているはずなのにジィニー、きみはきみの主観で
自分だけの割り切り方におさまっていて
みんなのことを考えていないって
ああジィニーきみは悪いやつだ
見えないところでみんなを裏切っている
  そんな話しをして帰ればジィニー
  きみの足どりは重く冷えきっている
  黙っていても同んなじだよジィニー
  きみは間違っているし、きみは許されない
そんな夜はジィニー
きみのあの古い日のことを想いうかぺる
ひとにぎりの石のように走ってジィニー、きみは粉砕された
そしてあの暗い部屋でひざをかかえて
いく日も考えたものだ、納得しない!と
そうだジィニー、週末にはひとりでお茶でも飲みにゆこう
想い出さなければならないものがある
ああジィニー、きみが沈んだら
きみの考えてきたことが、みんなうかばれなくなる
きみはきっといい人にはなれないのだから
シィニー、せめてひとりでやらなければならないことは
誰に話をしないでやってゆかなくては!
忘れたらおしまいだ、というものが
あったのではないか
誰に声をかけられてもふりむくなよ
センチメンタル・ジィニー



ジィニー、きみは変っただろうか
きみはもう涙橋を渡ったし、きみを見送ったひとも
そこから帰っていった
そしてここは全くの奇妙な場所だ、時々頭がクラクラするぽど
意味の合わない霧につつまれる
ここにはうんざりするぼどの固執があり、うんざりするぽどの
回避があり、うんぎりするほどの放棄があり
誰もがまるでネオンサインのように疑ったり疑われたり
裁いたり裁かれたりして点滅している
そして安物のカガミがくだけ散るように
意見は醜聞へ、冗談は皮肉へ、話はつげ口へ
笑いは嘲笑へ、説明は誤解へ、とつぎからつぎへとくだけ散って
思いこみや思いすごしが手足をからませてころがりまわり
いつの間にやら不信というかけらになって
チラリチラリと雪のように降りつもっている
そんな影になった相手をにらみつけ、くさし、誹謗しているうちに
影は本体にとりつき、本体をふりまわし、とりかえしをつかなくさせ
いつの間にやらジィニー、きみも「敵」ということに決まったのだ
ケッ 笑わせるわ
わたしの死角、わたしの中の古くさいもの
そのみじめな党派性をすてるために
ジィニー、きみは変るだろうか
きみの固く光るセックスのように
だから夕暮れをゆく口笛にそって
静かにジィニー、きみは燃えてゆけるだろうか

 4

のんだくれのジィニー
きみは晴れた日の昼間からしたたかに酔っている
きみの足どりがいかにしっかりしているようでも
きみの好きなあの大きな地図をひろげると
きみのひどい酔い方がすっかりわかるというものだ
そのお気に入りの大地図をひろげると
そこにきみが大陸から吹く北風にそって
ちっぽけな島国を吹きぬけてゆくありさまが
酔いどれ船の軌跡よろしく描いてある
酔いどれの地図、酔いどれの航海術
それはもう冗談というより暗れた日の悪徳だ
きみが彼女を美しいと思うのも、そんなのんだくれのせいなのか
きみが彼女に手紙を書こうとするのも、きみがのんだくれだからか
うまく答えられても、結局はそれでも又のんだくれの答え
と言われるだけだろう
ジィニー、つまるところきみは
晴れた日のせいいっばいの悪徳なのだ
だからジィニー、きみが約束した日はきみはできるだけ
紳士らしくすましていてはいけないし、ましては恋人のように
うれしそうにふるまってもいけない
そんなことをしたら彼女は思わずふき出してしまい
そしてジィニー、きみはまんまとインポテンツだ
そういうわけでジィニー、きみは結局は三文ホテルのようにとぼけてゆくのだ
きみはつまるところ春画のように不道徳なのだから
たとえ声をからしてビーナスを弁護したところで
後光のようにたちのぼる悪徳が、何か美徳にすりかわるとも思えない
だから夢をみるやつは嫌いだと
そんなシャレたことを言えばジィニー
きみの悪徳が泣いているじゃないか
そうだジィニー、きみはきみの春画のようにもっとスッキリと手を上げて
きみが欲しいと言わなければいけない

 5

肩を並べて歩けばジィニー、それだけできみはもう
そのひとの何かに触れている
雨の日にジィニー、きみはふっと気づくだろう
自分はいつも何かとこうして並んでいると
ためらいのジィニー、きみはきみの感性の明るいうちに
もっと世界を引きよせなくては
誰もきみをたずねたりしないのだから
きみは自分からゆかなくては
誰もきみを待ってはいないし
きみのことを考えたりはしない
きみはいつも忘れられているし、これからも忘れられているだろう
だからジィニー、何かと肩を並ぺて歩く自分にいつかは気づかなければ
きみが望みさえすればきみは世界にそって現われるだろうし
そして世界はきみにそってどこまでもひらいてゆくだろう
きみの感性がすみずみまでひらけば
きみは世界のすみずみにまで触れることができるし、そして
きみが望みさえすればジィニー、きみの見つめる目差しの中で
きみの好きなひとがきっとその夕焼け色の素肌をあらわにするだろう
だからきみと並ぶものに気づけばジィニー、それはもうきみのものだ
ジィニー、きみはそんな並ぶものへと届く橋みたいだ
その橋をきみはもう短く見積ってはいけない
きみはきみと並ぶものの中にはじめてひらかれてゆくのだから
きみはきみの好きな方角に手をのばしてふっと気づくだろう
自分はいつも何かとこうして並んでいると

 6 さようならジィニー

さようならジィニー、行くときがきた
出発はいつでもいくらかの訣別を含んでいる
ジィニー、きみはここでひとつの〈歴史〉を知った
きみのその手がふれた歴史、きみが考えこみ焦操した歴史が
そのちいさな歴史をジィニー、きみはいまもうひとつの歴史として
生きるために訣別する
さよならはそんな出発のためのあいさつだ
さようならジィニー、未明のひと
ここではきみのこころはいつも矛盾していた
きみのこころはいつも少女のようにうつむいていた
荒涼としたところでふるえない想いがあるだろうか
ここではジィニー、わずかの意志は空を切り
いつも紙切れのように風に舞った
つかんだと思ったものは砂のようにすりぬけていって
手もとには残らなかった
そしてジィニー、きみの想いはいつもとり残されて笛のように鳴っていた
寒い季節がくるとわたしはきっとジィニー
きみの口ごもる姿を思い出すだろう
さようならジィニー
片割れのひと
きみのはるかな〈対位者〉は見い出された
そのきみの見い出した〈対位者〉のためにいつかきっと
夜も眠れなくなる日がくるだろう
さよならジィニー、挑戦的なひと
うちあけてもはじまらないものがあった
きみが遠く見定めたものをどうして話できただろう
甘ったれてはいけないとひとり思ってきた
ねらい撃てばいつかきっとねらいかえされる
どこまでやれるだろうかといつも考えたものだ
〈見失しなうこと〉が一番こわかった
さようならジィニー
口笛のようなひと


  水辺

この足の漬っている沼が美しいモヤに包まれて
みえなくなる時、手は赤く軽い観念となって
背を越え沼を越えてどこまでも飛ぼうとする
そんな宿命の逆立がいつしか良しとされる季節になった
きみのすてた小さな国はもう滅んでしまったか
きみの好きな少女はもう笑わなくなったか
暮れてゆく岸辺に、きみのすてた時間割が薄く切れてしずんでいる
忘れられた敵がそんな岸辺からはじまっている
いまひとつの時間割へむけてきみの紅の朝は
いつあけるだろう
水をへだててきょうも、暗い岸辺から音もなく一隻の舟が出る
禁じられた地域へ行く舟は、そうやっていつも
帰らないのだ
声の中でひとはみな廃虚になる
だから残り火のようにわたしはしやがみこみ
花の高さでひとすじの糸のようにゆれる
そんな声のとだえる.正午の中で


  地鎮祭

みとどけることのできぬものを前にして
わたしは眠くなる
どうしても終えることのできないものを眠りが終えてしまう
切れ切れの欲望を細くつなぎとめて
ようやくひとは何になるだろうか
くもり空
わたしはあの子の手をひいてあのやせた土地の
地鎮祭に行こうとする
癒しがたい中世の臭いをひめた土地で
カサもささず待つ少女の髪がぬれている
もうはじまるかも知れない地鎮祭を待つ少女は
眠らない
永遠にはじまることのないものを
もうすでに終ってしまっているかも知れないものを
待つ想いがある
その思想に耐えきれずに若い母が家族をすて
そのやせた土地を小走りに走りぬける
生成することをあきらめた肉体を
短冊のようにひらつかせて