詩集 夕暮れとみちの断章 (24才頃)

もくじ

     
T

      ひろがり
      青空
      ある夕暮れ
      小さな場所
      似姿
      旅をするかのような

     U

      遠くのひと
      かなしい人
      自明のひと
      みち
      声
      ひと
      はじること
      いびつなもの
      通りすがり

     V

      行く
      全体へ
      小さなソクラテス
      漠然さ
      漠然の力
      細部から
      視野
      まなざし
      代わり
      限定
      対極
      四方
      たずねるうちに
      すぎゆくもの
      ひとつづきのもの








                             

   T

      ひろがり

     遠くをみていると
     そこに広さのわかる夕暮れがある
     その広さにふれると
     身体がかすんでくる
     その時のわたしの澄んだ肢体
     わたしは拡がる
     そんなわたしのひろがりの中に
     わたしがやさしくしなければならないひと
     のことが
     道のようにみえてくる


      青 空

     みるひとがなくても
     そこにある
     眼を伏せて歩けば決して
     気づかないところに
     そんな美しいものがある
     わたしの生活の中の死角
     ほんのひとときわたしが疲れてふと
     目を上げるひとときにみえる
     わたしの美しいもの
     わたしの外にあり  わたしが気づかない
     わたしだけの美しいもの


      帰 路

     夕暮れのみちを帰りながら
     ふとひとりにかえる
     急に世界が静まり
     わたしはみちを感じる
     声の世界が消えると
     そこにはただ白く明るい
     すんだ夕暮れのみちがある





      ある夕暮れ

     こまで問えば
     そこはさびしいところ
     道に迷ったもののように
     ひとはきっと泣いてしまうだろう
     誰もがそこでは罪人になる
     問うひとの夕暮れ
     みちのゆきつくところ


      小さな場所

     名のない場所
     そんな小さな部屋のことを
     どうして思い出すのだろう
     いつか忘れてしまいそうなそんな場所で
     求めていたものに率直であろうとした
     短い記憶がある
     そこはわたしの暗いところ
     いま消えてゆくわたしの時間の中に
     そんな小さな場所の記憶が
     長い髪のようにふいにめくれてよみがえる


      似 姿

     寒い日のつづく道がある
     その道をひとりゆくひとがいる
     誰かの似姿
     あの時のあのひとの歩き方に似ている
     ぬくもった部屋の明かりを消すころ
     今日もひとり歩いているひとの
     寒い日の道がある
                                      キルケゴ-ルに





   旅をするような

     旅をするような心にいると
     人生が小さくみえる
     あった関係がなかったかのようにみえる
     今にもすてられそうな我執がみえる
     旅をすることのないわたしが
     ふと旅の途中にいるかのように
     出勤した日には
     自然が急に美しい原色のようにみえ
     世界がわたしの
     みる方にずっとつづいている
     わたしの嫌いなひととも
     これで最後で 会えないかのような
     返事をすることもできる



                             

    U

      遠くのひと

     手をのばせば遠くにいくひとに
     わたしは会おうとする
     すぐそこにいそうな感じが
     じっとみることのために消えてなくなる
     そんな癖がいつからか生まれた
     さり気なく自分を立てると
     そこにわたしもいる
     そこで〈もっとよく〉と思えばもう
     そこに〈わたし〉しかいなくなる


      かなしいひと

     かなしい人よ
     さけられない人に会い
     さけられないことを言う
     ゆずることのできない位置のために
     お前は やさしさをすてる
     そんな不気味な姿に
     かなしいひとよ
     お前はまた今日は
     何を悔いるのか


      自明のひと

     手がとどかず 言葉もとどかない
     なぜそこまで行かなくてはならないのか
     これ以上ゆけば暮らしを忘れるという
     境界にに線をひいて
     もっと自明なひとになる
     長い腕を切り 長い舌に封をすると
     お前はそこで〈終える〉
     ということを覚える


      み ち

     おもい出すのは
     あの位置のこと
     あんなに遠くまでみた
     あの時のみちのつづきぐあいを
     うかれてゆけば消えてゆくものを
     ふいに思い出すひとときよ
     霧のような時間をじつとみすえると
     またおもい出すあの時の
     あのわたしの位置を


     

     わずかのひとが〈視る〉ところに
     わたしもいた
     それだけのための位置を
     明日にはまた
     捜さなくてはならない
     その希薄な位置のために
     声も小さくなる日が
     くる


      ひ と

     ひとであることは
     とりかえしのつかないことであるか
     そのおもいのたろめに
     泣いているひとがいる
     抱いてはならない観念があるのか
     ひとであることを
     形見のように生きてしまうひと


      はじること

     はずかしさの
     はじることの
     思想
     力としての無力さ
     許されない非力の中で
     自分のこえで
     自分のこたえをいうことの
     あの通用しない確信の彼方で
     なおはじることと
     はずかしさを
     力とする思想よ


      いびつなもの

     いびつなかたちに
     閉ざされているものを
     みる
     あのひとつの角度
     その特有の角度を
     しだいにきつく感じる
     ことがある


      通りすがり

     離れているということが
     わたしを好意にさせる
     どうしても そこまでゆけないところで
     わたしは ただの好意のひとになる
     近づこうとすることが逆にいつも
     距離を見あやまらせる


                               









         
   V

      行 く

     すでにはじまっている
     というところにいないと
     あの彼方がみえない
     歩きながら遠くをみることの
     雄大な姿勢の
     不思議さに
     今日も入って行かないと
     すでにつづいている
     ということが
     またおもい出せなくなる


      全体へ

     どんな仕事にでも全体がある
     ひとかけらの仕事が
     ひとつの全体に通じている
     そのつづきぐあいが
     つかめる日
     その日
     きれぎれの仕事を
     ひとつの全体のための
     道であるようにして
     じっと見すえる


      小さなソクラテス

     知っていることを確かめる
     自分の知っている
     と思っている事象を想いおこす
     なぜそれを知っているのか いつから
     そんなことを知っているのか
     たずねられれば あんなにもすばやく
     答えていた事柄が
     もう自明なものにならない
     そしてはじめてそれを知ってゆくひとの
     ように〈知〉に無防備になる
     はじめるときには いつでも
     その〈知っている〉ことをたずねる
     ことからゆく
     お前の小さなソクラテスよ


      漠然さ

     漠然とすることはないか
     どこをみているということもなく
     何を聞いていることもない
     漠然としている
     あの疲れて帰る日の
     世界のあらわれかた
     どこに立つこともなく
     どこを指示することもない
     納得もしないし
     不満もない
     あの不知の暗い静けさ


      漠然の力

     漠然さを愛するひとは
     漠然さをくぐりぬけている
     はてしない明解さを求めること自体が
     いつか漠然になる
     みちを愛するひとが
     みちのみちとして
     みすえていったような
     その力を知らないひとよ
     その力が本気になる日には
     世界の明確さが 瞬にして
     消えてしまうとしても


      細部から

     細部までみつづける
     ということがないと
     はじまらない
     上品ないちべつを排し
     あの切れ切れの風景を
     手さぐりで
     つなげてゆく
     陰影というのか
     重ねぐあいというのか
     生きられている細部の
     その現象からゆくのでないとしたら
     お前は一体何物なのか


      視 野

     誰もみていないところに行き
     仕事をひろげる
     おもい出す〈全体〉のために
     不利と無理な条件が交わる
     ところに立って
     やっと忘れられない視野を
     もつようになる


      まなざし

     冷たい日に
     とざされてゆく
     そしてそこにいることが
     わかってもらえないことがある
     わずかに強くなるために
     どれだけの苦労をするか
     重いもののために
     声もきえる
     その無礼を心からよしと
     いってくれるひとはいない
     去りゆくために覚えた
     ひとつのまなざし


      代わり

     たずねられたことばを
     たずねかえす
     思いこまれている状況が
     ひとつ明らかになるように
     〈代わり〉になって
     たずねる
     代わりになることの技
     のための知


      限 定

     ねらいの中に
     貫かれてゆくものがある
     静かな狂気を生きるために
     生活を限定する
     限定することができれは
     貫くことを
     思い出すことができる


      対 極

     とどきはしないし
     誰もみてくれはしない
     というところにゆく
     支えられるものを
     ただわたしの努力の中にのみ求める
     するとそこはすでに〈対極〉だ
     ただわたしの記憶とわたしの見たことが
     わたしという極になる


      四 方

     誰かがゆっくりとしゃべっている
    確かめられたことを
     確かめながら行くひとの
     速度感覚
     速すぎる日々の中で
     いっぺんに四方をみようとしていた狂気は
     どこかへ行ってしまった
     小さな場所に座れば
     それで世界の速度がつかめてくる


      たずねるための

     たずねることを知ったのはいつのころか
     あれからわたしの存在は
     位置をかえた
     たずねるためにそこまできたような
     わたしの存在が今では
     時としてきつい重みになる


      すぎゆくもの

     すぎゆくことを計算にいれることで
     生涯を
     生涯とともにあるもろもろのことを
     なぐさめやすいものにする
     強くなるのは
     すてることを学ぶからか
     誰もが自分のメ?トル法をもち
     世界を重くしたり
    軽くしたりすることができる


      ひとつづきのもの

     忘れられたもののように歩き
     忘れられたもののようにたずねる
     確信することに到達するために
     みられてきたものをすてて
     たんねんに自分のみるところへ行く
     世界にはまだわたしの時間がある
     ひとつづきのものを体験するために
     そこで忘れられたものとなって
     じっとしているひとになる



  詩片1   あとがき

    初期の習作から拾い集めました。
    〈喩〉についての自覚がほとんどない頃の断章です。
    ただ、今になってこんなところにも、自分の感性のひとつ
  の方向があったことに気がついています。
     はじめて〈こども〉を相手にする仕事につきだした頃の
  〈驚き〉と〈当惑〉と〈自問〉のちらばったひとりごとと
  いったところです。

                                      1973年頃