高校生詩集  十七才  (高校二年生)
     柳沢 漢(やなぎさわ けい)ペンネーム

もくじ

帰る所  (『潮』11号1966.10・28)
生活のうた    (『潮』11号1966.10・28)
読書  (『潮』11号1966.10・28)
ある時  (『潮』11号1966.10・28)

春の休暇
日曜日
屋根裏から
試験日
白い字
明日 (『文集 めだか』1967.3.20)
性   (『文集 めだか』1967.3.20)
思索 (『文集 めだか』1967.3.20)
神 (『文集 めだか』1967.3.20)
隙間 (『文集 めだか』1967.3.20)
マラソン (『文集 めだか』1967.3.20)
アンチ幸福 (『文集 めだか』1967.3.20)
人間 (『文集 めだか』1967.3.20)
生活 (『文集 めだか』1967.3.20)
二月四日 (『文集 めだか』1967.3.20)
忘却 (『文集 めだか』1967.3.20)
無意味 (『文集 めだか』1967.3.20)
現代 (『文集 めだか』1967.3.20)
驚嘆  (『潮』11号1966.10・28)
若者 (『潮』11号1966.10・28)
朝 (『潮』11号1966.10・28)
失恋 (『潮』11号1966.10・28)
銛打ちの話 (『潮』11号1966.10・28)
静けさ (『潮』11号1966.10・28)
白いコメディー (『潮』11号1966.10・28)
恐れ  (『潮』11号1966.10・28)
星夜   (『潮』11号1966.10・28)
一欠片の現実  (『潮』11号1966.10・28)
青年
山へ登る人
夕焼け
カエル
登校

写生
スクリーンと僕




詩集十七才  (高校二年生)


 帰る所

ノックをしたり呼び鈴を押したり
歩いていると急に肩をたたいたり
いたずらをするのは誰だ
ボンヤリしていると思い出したように
肋骨の弦をかき鳴らしたり

耳をすましてカガミを見ていると
心の奥に小さな家があった

私に帰らなければならない所がある?


  生活のうた

なぜだろう。
こうやってエンピツをにぎって
いつもいつも
何時間も何時間も
すると誰かに冷たくみられているようで
ハッとする時がある

なぜだろう
こんなに夜が更けて
一生懸命暗記する物になっている
自分に気がついて
ドキッとすることがある

なぜだろう
ただ満足することをやって
満足したように眠ろうとする
だがこの机の隅っこには真っ白なノートが
今日も残されているような気がする

私のそばにはきっと誰かいる
何か言いたそうにしてじっと見つめている
そんな視線に出合うと
大声で叫び出しそうになる

なぜだろう


 読書

要するにたたえきっている水面の前に
おのずから立つことが好きなのだ
私はその泉を知らない
どこまでの広がりを持って どこまでの深さを
持っているのかを
しかし青、緑、黒・・・白に至る
水面の輝きに私は息を飲むほどに引かれる

その冷たさは世の自由から私を解放し
私の身体自体をその中にとかしこんでしまう
私は新しい親、友人、恋人をもち
新しい空の色と地の色を知り
時間と空間のたわいなさに酔い
生れ出た重々しさといつか死んでゆく
カ強さにも出会う

だからと言って いつまでも入ることの他に泉を知ることはなく
そこが宮殿の迷路のようだから
美しく神秘的でありそして大きな童話であった

 ある時

このメロディー1は過去にとどこおる少女
この詩は過去の端をねらう狙撃兵

誰かが陽当りのいい窓際で
じっと何かをみつめている時
きっとそれらは憂えを伴って
その任務を果しにかかる

懐かしさが懐かしいのでもなく
懐かしさに戻ろうというのでもない
ただこのメロデーとこの詩の静境に
そっと座りこでいたいのです




道端に棄てた瞳が赤かったものだから
あらためて自分の病気を知った
今まで疑ってみもしなかったのに
(我々は形を恐れてそれ以前のことを全く恐れない)



 春の休暇

どこからともなく いくつかの大砲の音が聞こえる
耳の近くで大きく炸裂したと思うと
その破片ははすぐに消えていってしまう

私はその一つに当たろうと無作法に体を突き出し
その一つをつかみ取ろうとめくらめっぽうに手足を動かす
私の顔は妙にゆがみ 不規則な息をこらしてあせっている

いつかその音が遠く去って行くと
ぐったりと椅子に全身を投げだし
空ろな目をこじ開けて「もう少しだったんだ」とつぶやく
「ああもう少しだったんだ」と弱々しく訴えかける

日々の前には いつも飲みほした牛乳びんが置いてある


 日曜日

あの人はめがねをかけた私を見て
笑うだろうか

雨が止んでしまったら さっきのすずめが
また来て止まっている
あの羽毛の小さなかたまりは似ている
小きざみに震える暖かい丸みは
すべての象徴をたくしている

かかる視線でそっと手を差し伸べたが
あの人は私を見て笑うだろうか


屋根裏から

この屋根裏からもつらぬき出て
垂直にどこまでも登ってゆく
一片の割り切ったものがあろう
自然と人とを踏まえ、無限に成り立っている
たった一つの事柄がきっとあろう

と思いたいのだ


 試験日

目の玉の空
どろんとして吹くものがない
内蔵をすっかり洗いだしたら
あの空は引き裂け落ちるかもしれない


白い字

白い字を使って
好きだと書いてしまった
空っぽの心イタズラし
青空の下で
歌を歌ったからに違いない


 明日

腫れ物のできた一ページを
めくることはおっくうで
その実 非常に退屈です


 性

ほしいものでもないのに
門番がいないのを知ったら
つい盗んでしまう




 思索

だあれもいないところにくると
おずおずと手のひらを広げて
僕は入っていきます


 神

恋人が来たので
つくり笑いを急にやめて
だけども すっかり戸締りをしてしまった
恋人のように思っているけれど
実は形を求めようとしています
恋人の待っている駅を
景色に見とれて今日も行きすぎた


 隙間

夜ふけ
重なり
ねじり合ってくる
それから僕はコーヒーに
ゆっくりと砂糖を入れた


 マラソン

朝が走ってゆき
夜がすぐ後を通り過ぎて行った
昼を待っていると
西の空はとっぷりと冬だ


 アンチ幸福

ふとんの中には
いつも背を丸くして
眠っている者がいます


 人間

自らの宝石は覆い包むべきだ
他人に知られてはいけない
「自ら」と言うのは
そのもの自体世界であり
その中に宝石店があり
そこで買う人があり売る人がいる
自らを宝石とするところに
他人に対しての見栄があり虚栄心があり
聞違ったファイトが湧く



 生活

生活は音
ペラペラとめくっていくその時だ
聞えてくる事物
刹那的な感覚的な
そのことだ
めくる者が何で
めくられる事物が何であるのか
めくる者はどこで
めくられる事物はどこにあるのか


 二月四日

しゃべるとウソになってしまう
しかし自分の中にある時は本当なのだ


 忘却

自己に無関心なように隣人に関心をもて
隣人への関心を求めるぐらい
自己に関心をもってみろ


 無意味

ズボンを時たま逆の足からはいたとしても
何にもないのだ
その時ははきにくいかも知れないが
時がたつにつれて いつもはいていたように
逆の足からはいてもはけるようになる
と言ったことは何にもならないことだ


 現代

君達には自由がある
と言われるとアフリカへ行きたくなる
君達の時代は自由すぎる
と言われると アフリカで人類最古の
骨をみつけるんだ
無人島に流されたり
ガラスのくつを拾ったり
じゃなくて
白い鯨を摘まえる
ということでもなくて
自分のパンツを洗う時
しゃぁないがな と言いすてた言葉の
ニュァンスに似ている


 驚嘆

誰か私をノックナる
夜ふけのスタンドの
(一滴のしずくに)私の帰るところを
あからさまにさせる



若者

灯りは消えました
性器に手をあてながら
虫が鳴いています

明日


 失恋

同盟を結んでいた兵士が
ある日
直感によって突き殺された
後始末のつけようがない。


 銛打ちの話

水面に顔を出さない
かばのよう思索

青い青いあぷくの下
ちらりちらりとみえる

銛打ちの話が聞きたい



静けさ

夕方のすずしさの中の
凝縮された喜び
あのウロコ雲の間から
秋がくる
というからではない



 白いコメディ

(大きく穴のあいた関心)の中に
悲しみはあまりにも小さい

紛失事件は
たいくつな瑣事であり
死でも愛でも自分自身でもない時

赤い舌を出している沈黙



 朝

ガラスの中に押つめられたコンニャク

大手を振って空は歩いている



 恐れ

雷の鳴る夜は
犬畜生は気が狂ってしまう
そして玄関の外で
はげしく傷を訴える

それは本能からほど遠い
昔、昔からの言い伝えによるものだ



 星夜

何も語ることがないように
俺逮にないものがある
無秩序に見えるところがあって
といっても一個一個圧迫感を備えている
リズムに感傷に思想に
といってみてもこのように
ごまかしはきかない
何んにも知ることができないように



 一欠片の現実

青春だと叫んだナぐ後に孤独、
そしてここ二・三年は刹那。
流れてゆくものに声をかけず
お前だけのくいを打ちこめ。
巨大なぱけものの死角に座りこんで
振り回わされても落ちないように
しぱりつけろ。
小さくなることだ。
大きくなって
宇宙に自分だけの線を引くことだ。
未来 未来 未来
そうじゃなくて一欠片の現実。
必然性もなく惰性もなく結果もない
その点 その道 その続く所
こじんまりとした一欠片の事実。


青年

乳房を見せてほしいんです
彼女らのコーヒー茶碗はギリシャ製のはずです

服を着ている女の子に
今日もたずねてみたんだけど
11/10

山へ登る人 11/13

浜辺にくると 子供たちは
うつむいて一日中遊んでいます
そこには貝がらがありました


夕焼け

溶鉱炉の鉄の扉がしまる

あのいやらしい色が
ふたたび口を開けることがないように


カエル

僕の唇の裏にはカエルが住んでいて
すでに落ちている言葉を拾う時には
キリキリと音をたてて笑う


登校

残った桜の葉に
校歌がふるえている

朝に引っぱられて
学生服がタランと歩いていった




ふとんの中には
いつも背を丸くして
眠っている者がいます




写生

この手がつぎつぎと切り倒した切り株の一つに腰を下ろす
と どこかで僕はそれを写生していたのだ

ちゃんと立っている絵の中の林
木々の立っている絵
木々はちゃんとみんな立っている


スクリーンと僕

(実際)に人が切られるのを
ここでもなく あそこでもなく
スクリーンで見た
(実際)に血が流れているのを)
戦場でも こいつでもなく
スクリーンで僕が見ていた


 手

すべてが嫌になる時
大きな大きな空があった
ためいきやうれいにもとどかない手
じっと座っているだけで
まどろみさえつかめない