高校生詩集   氷点下四十度    (高校一年生)  
                柳沢 渓(やなぎさわ けい)ペンネーム


もくじ

夜ふけ (『潮』10号1966.3.1)
あの日々を聞く (『潮』10号1966.3.1)
夜明け (『潮』10号1966.3.1)
ある日 (『潮』10号1966.3.1)
日暮れ    (『潮』10号1966.3.1)
冬の夜空    (『潮』10号1966.3.1)
無題   (『潮』10号1966.3.1)
生活   (『潮』10号1966.3.1)
 無題
ラッシュ


生活 (『潮』10号1966.3.1)
悲しみ (『潮』10号1966.3.1)
夜ふけの街 (『潮』10号1966.3.1)
罪 (『潮』10号1966.3.1)





詩集 氷点下四十度 (高校一年生)



 夜ふけ

ノートの上に
一匹のガが飛んできて止まった
ちょっと見つめてから
力まかせに指ではじいた
とぼけた顔をしたまま
ガラスにあたって下へ落ちた
しばらくは音を立てていたが
12/2

 あの日々を聞く

思い出をふみ台にして
ポポーンととんでくる・・
何だか誰かに聞いてほしくなった
私の・・・
そっと唇を持っていったら
あごの下で大きく歌い出して
それをより明白なものにさそうとする
あなたにもらったいじわるな・・


 ある日

思い出に堀り出されて来てみたが
もう潤いのない消えかかった足跡
一連の栄華の空が
さざ波に打ちしがれる小石の輪をみとどけて
何も打ち明けないで帰ってきた



 夜明け

カーテンのすき間の遠根の上に
血球が沈殿していた
何者もまだ幼い夢を見ている頃

朝のあざやかなイタズラ
パンラマの偉大な静けさ

神の想像力のような朝の広がり



 日暮れ

おちた白壁にもう日はとどかない
かすかに西空が赤いというだけで
ダイヤガラスはあんなにもにもさわぎたてている



 冬の夜空

こんな静けさにうかつにしゃぺると失ってしまう
一人よがりに照る月に
屋根のの瓦も その上の手首も しんみりと石膏のように
冬の夜空がふりまくレモン汁の青さ
ちっぽけな脳汲がみだされる
ちっぽけな脳波がみだされる




 無題

幾何学的な林の中を一人
それもなだらかな下りになると
無性に駆り立てられる
防音の渋
透明な活気
すると無隈に鎖をとかれたように
抜け落ちて流れて行こうとするものだから
私はそれでもうれしいほど神聖な気分だ



 無題

あおむけになって
薄暗い雰囲気の中に 丹念に色を塗り重ねていった
だんだん明るくなって すっかり自分自身を見逃すとき
その静寂さを破る意志が働く
目的物は大きくても小さくても
多くても少なくてもいけない
ただ下から突き上げられたら
懸命にその糸につかまるように


 ラッシュ


もぎたての紫外線のような指が
水っぽくにじんだ車窓に押しつけられてふるえていた
ふと本から目を上げた時のことだが
グラッとゆれた瞬間
大事そうに消えていってしまった


 生活

大時計の中の一辺
賞金かせぎが住んでいる
光の中であぐらをかいて よそ見もせず札を教えている





盲目のように銅像のように雨のように歩いて
一本の無知な開花のように
それでいてひそかに理解して語らず
今日も朝焼けと夕焼けを見た
私の中枢n毎日毎日は幅広く無限で
そこの工場の生産物は間違いなく深い
そして休むことをしない
だから私はいつも誰かとつつましく宇宙を語っている





瓦屋根にアイロンをかけるように
順序よい雨の音がする
低調にサラサラと無表情だ
暗がりの暖かさにその音は冷たく
意志のこれっぽっちもないように
限りなくなめらかで不気味だ





生活

今日で学科の試験が終わった
今日から夜遅くまで一人で勉強することができる

いく日も徹夜に近いアルバイトをしたが
今夜からその時間全部を一人に使うことができる

文庫本の一ページノすき間
たった数行のすき間が

薄っぺらい上の高い事実がなくてはならないことを
薄っぺらい下の深い事実を知らなくてはならないことを

そのささやきのあまりもの勢いのため
誰からも そっとしておいてほしいと思った時

それ以来日常の平和な会話、出来事を
自ら破壊し始めている




悲しみ

ノートに白い穴があいていた

自転車に乗って
長い堤防でさんざん声を涸らし
しゃがみこんで小石の目を見つめていたら

ノートに白い穴があいている


夜ふけの街

石だけになってしまった街
そんなかざりもの交差点を
やさしくぬらしているものがいる
誰かのはいた息が
鎧戸のしまった銀行の
まどろんでいるガス燈の
すっかり消えてしまったネオンの
外側をゆるやかにくずす所
底抜けに陽気で明るく広々としている



 無題

手を合わせ助けてください
と叫んでごらん
階段を降りていって
涙ぐんでうなずいてあげよう



夜ふけ

窓越のガをつかまえようとして
子猫がじっと座っている
えんぴつを噛みながら
私はそれをじっと見ている