新・じゃのめ見聞録  No.14

「式」の「あいさつ草案作りチーム」の試みのこと

2014.3.19


 就任した大統領の演説の草案を書く人がいる、という話を聞いて驚いたことがありました。でも、大統領は、多くの、さまざまな思いを持った人たちにメッセージを送るわけですから、とうてい一人の、個人としての大統領の発想だけでは、国民全体への目配りはできないわけで、それでいろんな人の知恵を借りて、就任演説を作り上げてゆくことになるのだということを知って、なにかしら腑に落ちる思いをしたことがありました。

 それを知った頃かどうか忘れましたが、ある大学の学長の試みが紹介されたことがありました。それはその大学の入学式や卒業式の学長のあいさつについて、学長が教員や職員、在学生の意見を聞いたという試みでした。これも驚きでした。普通、大学の学長のあいさつというのは、その方の資質が遺憾なく発揮される場で、誰にも代えがたい味わい深いあいさつがなされる場だと思っていただけに、驚きました。でもその学長の発想は私が思っているような発想とは違いました。その方は、自分のする入学式、卒業式のあいさつの感想を教員や職員から、自分から聞かれたというのです。理由は教員の授業にはFDという授業アンケートを実施しているのに、学長のあいさつにはそういうものが無いというのは、いかがなものかというものでした。自分の気がつかないところで独りよがりなあいさつをしているのではないか、それが気になるので、遠慮の無い意見を聞かせて貰いたいというものでした。学長あいさつにもFDが必要ではないかという発想、これにも正直驚きました。

 むしろ、入学式や卒業式のあいさつにこそ学長の出番があって、誰がなんと言おうと、自分独自のあいさつを考えるのが学長の使命だと私も思っていたからです。でもそんな学長のプライドとは縁の無いところでの提案が、その学長からなされていました。というのも、その方の思いは、学長のあいさつは学長個人のものではなく、そこに参加してくださるみなさんと共有できるものでなければならないというものでした。なぜそう考えるのかというのは、入学式と卒業式は、他の行事と違って大学にとって特別な儀式だからという理解からでした。なので、その方の提案は結構、具体的なものでした。まず教員や職員、在学生に入ってもらって、あいさつ検討チームのようなものを作られました。そして、最初にされたのが、まず、入学式、卒業式の特殊な仕組みというか、構造の理解からでした。こういう式は、普通の式と違って、入学生、卒業生、父母、親族、教員が一同に集まってなされるもので、そのそれぞれの違う世代の立場で参加してくださっている方々に、それぞれ少しづつでも良いから、心に届くような話が成されるべきではないかというものでした。そのためには、その式を迎えるまでの一年に起こった出来事を、いろいろと出してもらって、この話題は、高校生だった人たちに大きな話題になっていたもの、この話題はご父母に大きく係わるもので、またこの話題は、祖父母の方々に関係することで・・というのを調べて、それを短くつないで、それぞれの立場で出席してくださった方々が、自分のこと言ってくださっていると言うことがわかるようにしたいというものでした。こうしたそれぞれの世代に係わる時事ネタというか、ニュースは、具体性があってとてもわかりやすく、出席者の方々の記憶にもよく残っているもので、その話題を聞けば、すぐいろんなことを思い出すことができるのですが、いかんせん学長一人のアンテナでは、そういう具体的なニュースや出来事まではキャッチできていないので、それをチームの方々のお知恵で拝借したいというものでした。

 こういう提案をされるには、この学長なりの理由があったといわれていました。それは、その学長が聞いてこられた歴代の学長のあいさつが、横文字のいっぱいった、えらい学者の主張の引用の連続で、後ろから見ていると、多くの学生やご来賓の方々が「立派な話だけれど、自分には関係の無い話」としてしか受け止められずに、コックリ、コックリとされている。多くの人は、これはセレモニーなのだから耐えて聞いているしかないと思ってあきらめている。しかしとてもよかったと思えるものもありました。参加者の心に響いているなあと思われるものもありました。それは学生の送辞や答辞やお別れの合唱であったというのです。なんとも皮肉です。そんな状況が続いているのを見てきて、これは学長のブライドとかそういうこととは別に、何とかしなくてはならないのではないか、と思い立たれたようなのです。 

 そこでその学長の招集されたチームでは、世界で起こっていた大きな出来事はもちろんのこと、芸能ネタや、映画やテレビドラマの情報などもふくめ教えていただきたということでした。そして、そうしたそれぞれの話題の長さをどれくらいにすれば、聞いてくださる方の心に響くのか、それをチェックするのも、そのチームのお仕事とされていました。そして、私がへぇと感心したのは、その学長のお願いとして、話の中に必ずみなさんが笑える話題を教えてくださいというものがあったということでした。

 こうしてあいさつの中身、時間の配分も含めて事前にチームで聞いていただき、これならいいでしょうということでOKをもらわれて式に臨まれるようになっていったということでした。そして私がさらに驚いたことは、学長があいさつされるときに、今からお話しすることは、この大学のみなさんのお知恵をあつめてできたとっても良いお話なので、それをお伝えできることをとってもうれしく思っています、ということを堂々とおっしゃるというところでした。びっくりでした。その学長は、特に入学式、卒業式というような、様々な世代が集まる場では、一人の個人の主義主張や立派な話をする場ではなく、ここまで生きてきたそれぞれの世代の繋がりを、具体的なニュースや来事や思い出をとおして、その短いひとときで共有し合えるような演出をするべき場ではないかといわれていました。なので、その短い式の中で、それぞれの世代が、それぞれに違った世代を意識し、お互いがそれらの世代に支えられてこの式場にいることが分かってもらえたらということでした。なぜ入学式や卒業式の構造を、事前によく理解しようとされているのか、その意図がよくわかる話でした。世代が出会える場としての式作り。

 おそらく、学生の送辞や答辞が参加者の心にしみるたのも、話の中身が具体的で、誰の脳裏にも思い描けるものであったからだと思えるのですが、それは事前に教務課と学生が、共に話す内容を思案し、よく練っていたからだと思います。FDをしていたんですね。

 その大学はミッションスクールでもあるらしく、式には「お祈り」があるのですが、その学長は「学長のあいさつ」すらFDの対象にされるわけですから、「お祈り」も皆さんの意見を聞かれて実施されることにされたみたいでした。それまでなされてきた式の「お祈り」では、学長があいさつされるようなことを、お祈りの中でされることが多いと感じられていたので、学長とお祈りをされる方とは事前によく話し合いをされて、そもそも「式のあいさつ」「式のお祈り」とはどこがどう違うべきなのかを、率直に話をされたと言われていました。なかなかできることではないなあと私などは思いました。

 

 私はこうしたある大学のユニークな試みが、大統領の演説作りに似ているなあと思ったときに、こういう試みにはひょっとしたら大事なものがあったのかもしれないと思ったりもしました。でもこの大学がどこの大学だったのか、今ではわからなくて、ひょっとしたら、小説で読んだ中のお話だったかもしれず、わざわざ、お伝えすべきようなことでもないのかもしれなと思ったりもしてきました。ただ、この話のことを思っていたときに、これも昨年、「八重の桜」を見る中で、教えられたことを思い出していました。それは新島襄が「同志社大学設立の旨意」を書いたいきさつについてのことでした。新島は、この「草案」を徳富蘇峰に託し、意見を聞いていたという話です。この時、新島は40歳でした。そして意見を聞いた蘇峰は、若干20歳のときでした。その後の調べで、分かってきたことは、「同志社大学設立の旨意」には草稿の段階がたくさんあって、特に新島は最初から蘇峰に委託をして加筆してもらっています。そして、実際に出来上がったものは、若き蘇峰の思いもいっぱい詰まったものとして出来上がっていったことが、伊藤彌彦『維新革命社会と徳富蘇峰』2013を見ればよく分かります。たかが20歳の若造に何が分かるのかと新島は考えたのではなく、若き20歳のから学ぶことはあるのだと、しっかり思われていたということです。しばしば、「式」では20歳の入学生、卒業生に教え諭すような話をしがちですが、新島は20歳の青年に「教えてもらう」ことを少しも恥とは思われないような考え方がどうしてできたのか。同志社にも、「あいさつ」を若い人たちと一緒に作り上げる精神が最初からあったのだなあと思うことは、うれしい感じよりかただただ不思議な感じがしてなりません。