じゃのめ見聞録 No, 29 | ||
高校生百人一首 |
||
こんなにも豊かな表現の世界 高校生の頃、自分のことを考えることで精一杯でありながら、それでも自分なりに開いている細い道があって、人知れずそこを出ては世界に触れ、また自分の世界に戻るという往復運動をしていたような気がします。少なくともわたし自身はそうであったように覚えています。他の人はどうなのか知りませんが、自分の高校生の頃は、自分と世界との間が地続きに感じられなくて、断絶感というか、みんなの言っていることがよくわからないというか、自分だけがみんなと違っているんじゃないか、というような食い違いに、いろいろ悩んでいたことを覚えています。自分の思いと、周りの思いとの間をうまくつなげられないというか…、でも、夕焼けが美しいなんていうことには、えらく感動もしていたんですよ。 今回たくさんの短歌を読みながら、自分のそんな高校生だった頃をまざまざと思い出して、感慨にふけることが多々ありました。短歌の出来として、良いとか悪いとかいう基準もあるんでしょうが、自分のその頃の体験と照らし合わせてみて、「その感じわかる!」というものにたくさん出会えたことはうれしいことでした。ここでは、選ばれた一〇〇首にこだわらずに、「その感じわかる!」というものを中心に、今どきの高校生の日常風景を見てみようと思います。 みずたまりのぞいて見ると僕がいる君はほんとうにこの僕だろか 豊田理恵 わかります。この頃の自分と世界の接点というか、接触は、いつもおぼつかなくて、確実性にとぼしく、刹那的で…、でも、その一瞬のもつリアリティに、いつもなにか賭けていたような気がします。 砂浜で波が引くとき見ていると小さな貝が砂に消えゆく 田原 成美 あげるよとあなたがくれた飲みかけの缶に口づけ一人はにかむ 井上真貴子 「スカートは寒そうだね」と君は言うおんなじ言葉を去年も聞いた 神谷 鈴香 こういうちょっとした「瞬間」をつなぎとめたい、もうちょっと「そこ」に触れていたいと思う心が出てくるんですよね。でも異性との触れあいには、ただ、祈るようにして待つしかないものがありました。そして「彼」とか「君」とか「あなた」と呼ばれることになる人が、自分の中でだんだん大きな存在になってゆくのがわかってきます。でも「そのひと」には、なかなかうまくは出会えない。 放課後のグランド走る君を見て私の心も夕焼けに染まる 木村恵梨香 気付いてと望む心と裏はらにあなたを見ると身を隠してる 多々良朋子 気が付けばいつもあなたを追いかける自分の視線に悩まされる 負住 友希 なんでかな彼女がいると知っててもあなたのことを想ってしまう 先田 優 大切な人に「嫌い」と冗談で言ってしまった自分を呪う 中山 郁恵 あの人と同じ電車に乗るために明日の朝は早起きしよう 駒井 栄美 もちろん、「うまくやってるやつ」もまわりにはいるみたいでした。いや、いたんですよ。うらやまし限りでした。 いいことがあったと喜ぶ友達と一緒に帰る夕焼けの道 三原絵莉奈 きっとこの友達は「ねえねえ聞いてよ、彼からメールが来たのよ」なんて、喜びを爆発させて喋りまくっているんでしょう。隣にいる者の気も知らずにね。でも、この当時「うまくいっている人」は、本当に大事なことを味わっていたんだと思います。 電車待つホームの向こう君見つけ見慣れた笑顔と一緒に帰る 堤紗 恵子 十八の最後の夏に思い出を友と過ごさず彼女と過ごす 高木幸二郎 この季節二度とは来ないこの場所で貴方と迎える最後のひととき 辻 由理子 つながれたその手がとてもあたたかく冬の寒さに気付けずにいた 辻野 恭子 でも「うまくいってる」ようでも、不安はあるもんです。相手が自分と同じことを考えているのかわからないからです。 本当に好きかどうかも分からずに淋しさだけで君に寄り添う 籠田 綾 夏の恋花火のように消えないで秋になっても逢えるでしょうか 小西 広恵 いつの日かたどり着くこと信じてる二人でいても感じる孤独 伊藤 佳代 いつからか我をおまえと呼ぶ君に慣れない手つきで永遠を編む 岩井 蘭 うれしさと不安はいつも隣り合わせです。たいてい人は。でも、相思相愛の「彼氏」や「彼女」がいるわけじゃなくて、自分のことや、受験のこと、自分の将来のことで悩んでいるもんです。自分のことで、というのは、結局は人のこと、人が自分に下す評価のことが気にかかっているっていうことなんでしょうが。 気がつけば周りの視線気にしてるもっと自分でいればいいのに 石亀 敬子 席替えで前の座席になった自分当てられないかと下を向く 山内彩世子 カリカリとシャープペンの音響きたる夢黙りこむ模擬の教室 栗林恵里菜 いじめる人いじめられる人何だろう表に出ない本当の理由 鈴木 博登 一年をすぎて迎えるクラス分け頬を色彩る苦い微笑み 井上奈緒子 たいくつな授業が終わるチャイム鳴りみな一斉に教科書しまう 横町さくら 女の子だったら何がいいですかスポーツ刈りじゃダメですか 上吹越幸子 放課後のトイレの中にただ一人遠くの方から友の呼ぶ声 中村由布子 同じこと繰り返してる毎日をくずしたくなるドミノのように 中田早希子 で、家に帰ったらホッとするんでしょうか、ホッとできるんでしょうか。家で待ち受けているものも、けっこうやさしさに満ちた魔の手であったりするもんです。 スカーフを一瞬にぬくわが部屋でおかえりなさいホントの私 佐藤 愛 五分だけつけたテレビは消されずに時はすぎてく中間テスト 大東万紗子 テスト中昼寝に携帯ワイドショー負けてはならないお昼の誘惑 藤田 知里 大好きな歌手をテレビで見るだけでその日一日ずっと幸せ 清田 淳子 心地よいスピッツの歌かけめぐる寝ても覚めてもテスト中なり 氏本江利加 カラオケ屋行けばいつでも思うことあたしの居場所はここかもしれない 田中紫穂 博識な人に憧れ読書するしかし読むのはいつもエッセイ 高橋 理恵 なにもかも苦しいと思うその時にふと見た満月かがやき笑う 関 未明 さらに、家では、親との間でトラブルが起こります。わたしも起こしました。ささいなことで、口の利き方が荒々しくなったりしました。悪いとはわかっているんですよ。でも、その時は、とっても乱暴に振る舞うことが出てくるんです。 ほしいもの素直に言えず口ごもるいつからこんなにひねくれたのか 西本 春菜 どうしてもわかっていながら口ごたえ素直になれない十七才 阿閉 聡子 「おめでとう」そんな言葉を言えない兄隅に書かれた父への愛情 堀江 泰子 父を見て人生はうまくいかないと思いながらも夢をみる 谷川 直子 人生が変わっちゃうかも知れないが田舎を捨てて都会へ行きたい 鳥居 愛子 そんな中で、どうしても今どきの高校生だなと思われるのが、ケータイをテーマにした短歌群でした。このテーマにはいい歌がたくさんありました。これはこれだけのテーマで百人一首が作れそうでした。 ポケットでケータイひびく着信音小鳥のように呼んでいる 矢後 侑希 いつもより短いメール絵文字なし「おこってないよ!」がつきささる夜 栗林恵里菜 どうにかしてあなたとメールがしたくてアドレス変更の知らせを送る 斎藤 真帆 雨の日を待ちこがれてる独りきり来ないメールを気にしてばかり 大西 政美 帰り道友達からのメール見て思わず顔にあふれる笑顔 木下裕美子 ほしくないそんな言葉はほしくないありがとうなんてほしくない 大野 哲平 電話してあなたの声を聞いた後急に勉強する気になった 長山 郁恵 電話してあなたの声を聞くたびに好きという気持ちいっぱいになる 呉竹扶美枝 鳴るたびに相手をしている着信音それでいいのかやるべきことは 工藤淳之介 今回の「SEITO百人一首」に選ばれた歌は優れたものばかりです。介護のことや、友達のこと、日常風景のこと、ハッとさせられる歌がたくさんありました。わたしは、そういう一〇〇首からもれた人たちからでも見えてくる、今どきの高校生の日常の風景をあえて紹介してみようと思いました。合わせて読んでいただければ、今の高校生の豊かな感性、豊かなものごとに触れる歌の世界がきっと見えてくると思います。 |